いなり屋本舗の…

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過日、熊本特産の「からし蓮根」を頂戴しました。





モクモクと阿蘇山が噴煙を上げるのを背景に、立派なからし蓮根の輪切りがドンドンドンと3つ。素敵なパーケージデザインはただものではないな…と思って箱書きを読んでみると、なるほど。

からし蓮根の由来は肥後初代藩主細川忠利公(寛永9年)のころからと伝えられているそうです。城のお濠でとれる蓮根は、穴が9つあり、切り口が細川家の家紋「九曜」にそっくりであったとの言い伝え付。殿さまだけの食べ物として門外不出の珍味だったからし蓮根は、明治になり武家社会の崩壊と主に町に辛子蓮根屋ができ庶民の間に広まった…と。そんなに由緒ある食べ物とは知らなかった。

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そして、その400年余りの伝統をかたくなに守り続けてからし蓮根を作っているのが「いなり屋本舗」なのであります。

これをくださった方は、我家のネコの名前が「おいなり」さんであることを全くご存じなかったのでありますが、いやはやうれしいいただきものでご縁を感じました。もちろんお味もよく、シャコシャコ、ツーン!と辛子が効いていておいしく頂戴いたしました。

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しかもこの阿蘇山は箱の角をまたいでダイナミックに噴煙を上げているところがとてものびやかで良いと思います。




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ちなみに細川家の家紋「九曜」は、この右側の染五郎さんがきている着物の紋です。そう言われてみると蓮根に見えてきた…しかし、いなり屋本舗のシンボルマークは、九曜の紋(レンコン?)のうえに稲荷神社の赤い鳥居が突き立っていて、なんだかゴージャスな印象です。

好樣本事

先日の台湾出張の折に足を運んだお店をもう一軒ご紹介しておきます。



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ここは南青山?な雰囲気の一角にある本屋さんです。

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お店の名前は「VVG Something-好樣本事」。お洒落すぎるホテル、レストラン、ケータリングまで幅広く展開するVVG系列ですが、日本書も扱うグローバルな本屋さんです。

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店内。

本だけではなくて、大きなガラス瓶など、どこかで見たような…日本の雑貨、古道具から骨董まで独自の視点で買い付けされた面白いものがいろいろあります。

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ものすごく凝ったショップカード。

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「VVG Something 好樣本事」

ブログあります。日比野克彦氏の画集など紹介されてます。http://vvgvvg.blogspot.com/
VVGのホテルのURL。日本語サイトも用意されています。さすが…http://www.vvgbbb.com.tw/
店員さんも美人でとにかくお洒落。台湾文化をけん引するショップなのでしょう。興味のある方はぜひ足をはこんでみてください。

住所 台北市忠孝東路四段181巷40弄13號
電話 02-27731358








おまけ・・・夫の買ってきた台湾土産

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万能オイルの「緑油精」。

ひとぬりでさわやかなハッカの香り。次に来るのは、なんとなく通勤電車のにおい。最後はまちがいなく、中年のおじさまの香り。肩こりから風邪、船酔い、虫刺されまで何にでも効く?万能オイルですが、まるで香水のようにトップノートからラストノートまで楽しめます。


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台湾といえば…台湾バナナと思う人ももう少ないのかしら。いまや台湾土産の定番はパイナップルケーキ。夫が選んだのは素朴なパッケージの「李製餅家」。こぶりだけれどもずっしり重く食べごたえのある上品な甘さのおかし。これを嫌いな人は少ないだろうと思われる。


これから台湾旅行へ行かれる方はどうぞご参考に…

台湾猫事情…

猫好きのみなさまに送ります、先日こけしに店番をおしつけて台湾へ現地調査に行った夫のレポートです。たったの2泊3日ですが狙いはひとつ、「ネコカフェ発祥の地」である台湾のネコカフェ調査。






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まずは寝言でもつぶやいていた牛肉麺を食べ、腹ごしらえ。

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そしてわき目もふらず向かった先は、「極簡?minimal cafe」。

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ここは、旅行情報誌「ことりっぷ 台北」に掲載されています。そしてこのお店のネコの魅力は、なんといっても出入り自由な猫たちで構成されていることです。完全室内飼いの猫とは明らかに目の輝きがちがう!特に、この写真の真中のネコ、安安(アンアン)に会う気マンマンです。

ところが、いざ店の前に行ってみると店内はギュウギュウ、外にはネコとのふれあいを求める男女で行列。日曜日だからなのか…よくわかりませんが、とにかくネコカフェが大人気なことは確かなようです。

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お店の入口には、安安がモデルになったポストカード。日本語表記で「猫が居ります」と書いてあります。日本人客も多いのでしょうか?

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どこも共通ですね。ネコカフェだから養ってくれるだろうという安易な考えで、店の前にネコを捨ててゆく人。人非人。




そして、翌日は気合いを入れて開店時間前に到着。

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ネコ!ねこ!に興奮した夫は、店の中へ突進してゆくも、興奮のあまり開店時間を30分間違えてはやく来てしまったので、店員さんに制止さる。

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その間はガラス越しに、中のネコを物色。

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あちこちにネコ。


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途中から、現地台湾人と思しきカップルが乱入。店員の忠告も無視してパー子並にネコの写真を撮りまくっている。やっぱりね、フラッシュは目によくないし、あまり近づきすぎたりするとネコも嫌だと思うんです。

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すごい恰好で爆睡するネコ。

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むっくりと起き上がったその模様からして…安安! この時点で開店1分前。さあ、仕事、仕事…と言わんばかりにほかのネコもぞろぞろとどこからとなく出勤。もちろん外から入ってゆくネコも多数。



そして念願の入店。事前にこれだけは練習しておいた「安安、在哪里?」(アンアン、ツァイナーリー)を繰り返すも通じず、しようがないので安安!アンアン!と大きな声で連呼すると、ようやくわかってもらえたようで店員さんが、
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捕まえてきた安安をテーブルの上にドン!と…でもよく見ると安安じゃない。

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本物の安安はこちら。真中分けのかつらをかぶったような模様。大きく硬いネコでした。

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店内。バーの様だが、アルコール類は提供していないようでした。それでも営業時間が午前2時までというのがすごい。そして猫バーなるものはこれまた別に存在するんですって。

会計時に夫は「For cats!」と言って1000ドルを寄付したら、店員さんみなが日本語で「アリガトウゴザイマシター」と言ってくれたそうです。店員さんは若い人が多いけれども、みなドウゾーとか、簡単な日本語をしゃべるのでまったく不自由しないと言っていました。なにより外猫派の夫は、中から外から自由に出入りするお目目キラキラの猫たちに大満足したようでした。台湾好きでネコ好きの方は是非お出かけくださいませ。



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「極簡-minimal cafe」

出入り自由の猫たち、常時40匹前後がお出迎えのネコカフェ。

住所 泰順街2巷42号
交通 MRY台電大樓駅から徒歩約12分
電話 02?2362?9734
営業時間 12:00?翌2:00

満110歳

よく、「アンティークと古道具の違いってなんですか?」と聞かれますが、基本的には100年がめどになっていて、製造後100年を経過したものはアンティークと呼ばれます。

なぜ、この期間が100年なのかというと、おおよその人が100年以内の寿命であるからでしょう。80年前のものです、というと、「ああ、これなら小さい頃に使っていた」というご年配の方々がまわりにもぽつぽついますが、100年まえとなるとなかなか当時のことを今現在はっきりと思い出して語ることができる人が少ないので、おのずとその出自は遠く思われ、若い世代の人には未知のものとなってしまいます。古いけれど新しい。

昨今は高齢の人が一体どこにいるやらわからないという不可思議な事態が全国で頻発していますが、いまや高齢者は家族から切り離されつつあります。こけしが子供のころなど、友達の家に遊びに行くと、たいていその家の部屋の内のひと間には、じいさんやばあさんがふせっている部屋がありました。友達に「あ、その部屋はじいちゃんが寝てるから開けないで」と言われたけれど間に合わなくって勢い良く開けたふすまの向こうに、ぽっかりと口を開けて仰向けにじいさんが横たわっていてギョッとしたことも懐かしく思い出されます。

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何の変哲もない竹の物差し。でも今年で満110歳。

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なぜに年齢がわかるかというと、裏面に「明治33年9月24日蓑原スマ所有」と書いてあるからです。30年くらい前までは自分の持ち物にはほとんど名前を書いたものです。パンツなどの下着や傘や靴など自分のものというものには大抵書きました。同じものがたくさん集まる学校に行く子供たちだけでなく大人もみな自分の所有物には名前を書くというのは当たり前でした。最近ではそんなことしている人はほとんど見かけませんね。日用品は何でも安価に簡単に手に入る世の中ですので、なくなったらまた買えばいいという考えが前提にあるのでしょうけど、名前を書くという行為は、そのもの自体が自分の一部になったような気持がしてどんなものでも少し大事に扱いたくなるものです。とてもよい習慣を生む行為なのでぜひとも励行したいものです。

明治33年というと西暦1900年。持ち主がなくなった後も、廃棄される憂き目をのがれ、誰かの手で道具としての役割を果たし続けていくことのおもしろさが古道具の醍醐味だと思います。物差しさん110歳のお誕生日おめでとう。

「美しい暮しの手帖」

今日は新刊本のご紹介をさせていただきたいと思います。



「暮しの手帖」とわたし「暮しの手帖」とわたし
(2010/05/15)
大橋 鎭子

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当店の商品としても定番の「暮しの手帖」でありますが、有名な編集長である花森安治氏とともにこの雑誌を創刊し社長として現在も活躍中の大橋鎭子(おおはし しずこ)さん、御年90歳!の自伝的御本です。

巻頭には石井良子さんの寄せられた文章があります。石井良子さんといえば、ベストセラーの「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」で有名ですが、大橋鎭子さんとの接点がつづられています。この本が出版されてすぐのちの先月の17日の訃報には驚きました。わたしの手元にあるこの本の第3刷の発行年月日と同日なのを見て、やはり浅からぬ因縁があるのかしらとも思いました。

現在の「暮しの手帖」も素晴らしい雑誌でありますが、この素晴らしさを作っている理由がこの本を読むとはっきりとわかります。

かつて日本中の誰も彼もがなだれをうって戦争につっこんでいった事実を省みて、二度とこのような戦争をしないような世の中にしていくためのものをつくる、というゆるぎない思いのもとに作られた雑誌です。いまだこの雑誌を手に取ってみたことのない方の中には 所詮、料理や掃除など家庭の雑事を扱う婦人向け雑誌でしょ?、と思っている人もいるかもしれませんが、大間違いです。人間に必要なものは「衣食住」とよく言われますが、戦後の日本にはどれもが欠けていました。人間らしいと言える水準でみなが食べ、着て、住むには程遠い現実があったのです。いかにしてその溝を埋めていくのかという指針を打ち出した本だといえます。創刊号で花森安治氏が寄せた思いを引用します。




美しいものは、いつの世でも
お金やヒマとは関係がない
みがかれた感覚と、まいにちの
暮しへの、しっかりした眼と
そして絶えず努力する手だけが
一番うつくしいものを
いつも作り上げる



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暮しの手帖は、隔月刊行され、100号単位で1世紀、2世紀、と区切りがあり、現在は第4世紀の47号が発売されています。そして創刊から第22号までは「暮しの手帖」でなく「美しい暮しの手帖」でありました。本の中でこの「美しい」が添えられた理由が述べてありますが、たしかに創刊号には小ぶりな文字で「美しい」がそえてあります。第一号は写真が入っているのは感等のページのみであとは読み物なのですが、なんせ発行年は1948年(昭和23年)で紙質もたよりなく古本などの市場に出回っている物でも状態がよいものにはほとんどお目にかかれません。内容はというと、「直線裁ちのデザイン」「ブラジアパッドの作り方」など…実用的な内容です。ブラジャーを自分で作るなんて新鮮な驚きですけれども、どうも80年代のマドンナのとんがったブラジャーを思い出してしまう前衛的なデザインです。




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ちなみに昭和27年、16号の「浴衣のように着る服」がとても素敵だったので、真似して作ってみたところ、上々の出来で3枚作って今年の夏はこればかり着ています。

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モデルは若かりし頃の大橋鎭子さんです。これももちろん「直線断ち」で、浴衣と同じ構造です。浴衣が縫える人ならだれでも縫える!という触れ込みですが、浴衣が縫える人自体が珍しい昨今では逆の発想で、既成の浴衣や、古着の浴衣からワンピースへ作り変えると簡単です。

浴衣から作るには、袖と衿を外して、外した襟を半巾に切ります。それぞれを小さな衿とウエストベルトにします。あとは好きな丈に合わせて裾を切り、脇をつめるだけです。ちょっと派手になった浴衣やおばあちゃんの身丈の足りない浴衣などでどんどん作れます。脱ぎ着も洗濯も楽なので真夏の家の中で着るのに最適です。






そして暮しの手帖といえば、「商品テスト」。時に企業を名指しで辛辣に批判することもあるコーナーですが、昭和37年、67号のあとがきで、「石油ストーブのテストについて」という文章があります。この記事は当時のストーブを扱う当店でも非常に参考にさせていただいているのですが、57号の記事で当時の日本製ストーブの性能の悪さを露呈したのちの、メーカー側が取った態度がいかようなものであったか。そして2年後の石油ストーブのテストにおいての結果がはるかに改善されていたことの喜び、がつづってあります。「商品テストを 商品 にするような雑誌にしてはいけない」という思いのもとに、広告を入れずに紙面を作る事はほかの雑誌で類を見ないことからしても、容易なことではないでしょう。

2007年(平成19年)第4世紀26号からは文筆家、書籍商として知られる松浦弥太郎氏を編集長に迎え、紙面を一新していますが、おしゃれな天然系雑誌にも似た内容の中にも日本人の「暮し」を見つめる芯の通ったまなざしは脈々と受け継がれていると感じます。





雑誌の宿命として、家庭で保管する場合の場所に困り、長年の購読者は古いものは手放してしまったという方が多いのではないかと思います。古本屋、古道具屋などでむかしの「暮しの手帖」を見つけたときは是非手に取ってほしいと思います。数十年前のものでもパラパラとめくれば、きっと何かしらあなたの暮しの役に立つ事柄があると思います。

毎日! 毎日!

毎日、毎日、暑い日が続きますが、8月12日(木)まで「土鈴まつり」好評開催中でございます。

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過日、8月6日の毎日新聞の朝刊にも掲載していただきました。
祖母が生きていたら喜んだだろうなぁと思いながら、仏壇に飾っています。

土鈴Tシャツ

特に理由はなくユニクロのHPを見ていたら、UTのコーナーに「日本のおもちゃ」シリーズがありまして、これが何と!日本の郷土玩具のバイブルともいえる「うなゐの友」!この本は、ユニクロの説明によりますと…



人形玩具を画題とした彩色木版摺画集『うなゐの友』(芸艸堂発行)。明治から大正にかけ、清水晴風・西澤笛畝ら画家自らが集めた日本全国各地の人形・玩具や文献資料などを元に写し描いた日本で最初の正統的かつ本格的画集です。『うなゐの友』などの人形玩具画集の中からセレクトした作品をデザインしています。


この本のタイトルである「うなゐ」というのは髫髪(うないがみ)でありまして、むかしの子どもの髪型のことです。この髪形をした子供を髫髪子(うないこ)といいますが、先に話題になりました大江健三郎さんの著書「水死」の登場人物の名前、ウナイコとしてご存じの方も多いかと思います。

そしてこの「うなゐの友」は明治24年の第一巻から大正13年の第十巻までの全十冊の和本で、全国に埋もれていた玩具を集め描いたものですが、どれも絵として素晴らしいものです。全8デザインのTシャツがありますが、その中に土鈴のTシャツを発見。

カーキ色の地にプリントされているのは岐阜県は美江寺の福鈴、宝珠鈴と木魚鈴ではありませんか。当店の土鈴まつりのラインナップには残念ながら入っていませんが、大正15年(1926年)に出た玩具番付にのっている土鈴、わずか8種のうちのひとつです。土鈴は郷土玩具全体の中で見るとそれほど高くはないなかで、よくぞこの土鈴をTシャツにしたとユニクロには感謝状を贈りたいくらいです。鳩笛もカワイイし迷っちゃうわー。興味のある方はどうぞご覧くださいませ、ね。




http://store.uniqlo.com/jp/store/feature/ut/japanesetoys/
土鈴Tシャツは上段の右から2番目です